小路(こみち)のブログ

趣味の絵やその他日々感じたことを綴っています

雑炊

私が4~5歳くらいの頃だったろう

 祖母と二人で 祖母の姉さんの家を訪問したことがあった

 姉さんという人は 裁ち台を前に縫い物をしていた

 側に 長火鉢があり五徳には小鍋がのっていて 

 何かが ぐつぐつと煮え それがいい匂いをしていた

 昼餉の雑炊をつくっているのだった

 祖母とお姉さんは 親しげに話合っていたが 

 私はその小鍋に意識が集中していた

結局 その雑炊のご馳走に与ることなく 帰宅した

 

今 雑炊と聞くとその時のことを思い出す

 そのお姉さんの顔はおぼろげにしか覚えていないが

 雑炊の小鍋の中味は覚えている

 ニラ の入った柔らかそうな 醤油をたらしたおじやだった

 

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神経痛

坐骨神経痛というものを患ってから 体に関して認識を改めた

 体の夫々の部位に無駄なものはない という事

 体の各機能が微妙なバランスで働いていること

 普通に動けることが どんなに希有で有難い事かを

 思い知らされた 

ウェストから下の下肢が 触るだけで 溜まった電気が放電するように

 下肢をビリビリと駆け抜ける

 動ける腕と肘と胸を使って 芋虫のように移動する

 痛みを押して2メートル移動するのに15分かかった

 

神経の在り処など 気に留めることもなかったが

 今はこの筋の神経はこの腰椎のあたりから来ている 

 などと 思い描くようになった

 普通の状態という事は 本当は最高の状態のことで

 それは常に崩れやすい心身の均衡の上に乗っている

 と感じた経験

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名前

このところ テレビ欄に書いてある人の名前が 

 わからない 名前が読めない 

 勝手に読めるように読む

以前から読みにくい名は多かった

 今は 更に増えて増殖していく 

 名前というものは 簡明なのがよい

 誰でも読めるものでないと用をなさない

 

昔話に (長い名の長助) という話があった

 井戸に落ちた長助が 名が長かったばかりに 

 知らせに手間取り 助かる時間を失った話だ

 

今後 名前によるトラブルは多発するだろう

 かく申す 私も 孫の名を呼ぶ時

 一度 口の中で復唱してみなければ正確に言えないのだ

 うちの孫の名を 読める人はいないと思うノデス

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