終戦のとき小学2年生でした
その頃の自分と今の私は、
ほとんど変わっていないと思います
しばらく開けたことのない戸棚を整理した時
20歳ごろのノートが出てきました
筆跡が今とほとんど変わっていませんでした
成長していないのか 変化しないものなのか
ノートの字をみながらしばし感慨にひたりました
駅 ショッピングモール など 近ごろ椅子を置いている処がない。
場所を有効に使いたい 無用の人に長居してもらいたくない など‥分かるが 疲れて腰をおろしたい時 あゝイスがほしいと思う。
こうなったらイスを持って歩くしかない 段ボールの折りたたみ式で軽く濡れても丈夫な ポシェット風に肩からさげられるイスを 誰か作ってくれないかしら。
リュックのように背中に背負ったら姿勢もよくなり一石二鳥なのだが。
どこでもドア ではないがどこでもイス があれば大助かりだ どこでもイスは持ち込みご遠慮下さい と店に云われるかな…
希望する施設に入居できた。
約1年経った。
食事の支度をせずによく 後片付けも施設の人がされる。
空いた時間に 縫物に身を入れる事ができるようになった。
今迄 買い物 炊事 後片付け の時間が いかに多かったか が分かる。調子に乗って あれこれ手を広げないようにしよう。
蟹は甲羅に似せて穴を掘る。
という言葉がある。
中学生の時 それを聞いて意味がよくわからなかった。 それぞれの能力に応じて 事を成せ。と訳してある国語辞典があり 分相応なことをせよ。ともある。
私の気持ちにぴったりくるのは、 “自分の背負っている甲羅以上の穴は掘れない、自分の能力の分しか物事を理解出来ないし 結果を出せない。それぞれの能力には差違があるのだ。” という意味合いだ
アリ🐜の能力と猫🐱の能力の違い 小学生と学者の差異。などなど…
個体差があるのはどうしようもない事実。そのことを言っているような気がする。
しかし 同じ能力でも いい加減に浪費するか きちんと使うかで違ってくる。
友人に 能力もあり 努力もしっかりする人がいる。彼女を見れば自分の怠け加減がよくわかる。良い手本がそばに居るのに学ぶことができなかった。
反省するだけでもマシかな~