バスの中で
中心街に用があって バスに乗った
途中のバス停で 杖をついた 足元の覚束ない
老婦人が乗って来て 前の座席に座った
やがて バスは高速を走りはじめる。
老婦人がたち上がった 降りると言い出す。
側に立つ人が なだめながら 何ごとか聞いている。
私も 「何処に行かれるのですか」 と聞いていた。
「区役所のようですよ」 と立つ人が言う。
バスの行き先番号が違うし 方角が違う
老婦人はしきりに
「わたしは この街には 詳しゅぅございます」
と 周りの言葉が耳に入らぬように
何ごとかを 溢れるように喋っている。
横の席の人も加わって この婦人を
どうやって 区役所に行かせるか
思案した。
身軽そうな人が 「わたしが 地下鉄の駅まで 連れて行きましょう」
と 言ってくれた。
老婦人は握りしめた 千円札でバスを降りた。
私があの老婦人の立場になったら 何と言うだろう。
「私は 永くこの街に住んでいますので
貴方より 街の地理は よく知っています」・・・・・か。
婦人は プライドを傷つけられたのではないかと
後になって感じた。