小路(こみち)のブログ

趣味の絵やその他日々感じたことを綴っています

捨てるもの

毎日 何かを一つは捨てる を実行している

焦って一度にきれいにしようとしても無理と つくづく思う

遺しても誰も使いはしない物 ゴミとしか見えない物から始末する

 

とりあえず 対象になるのは

 裁ち残しの端布 裏地 芯地 古い型紙

 また使うかもと古い服から取り外していたボタンやファスナー

 40年前に買ったまま使っていないミシン糸

 サイズが合わなくなった 縫いかけの子供服

 裁ち台周りの未練いっぱいの品々だ 

後5~6年の内に使用し尽くせる分だけ残すつもり

 

別の部屋には また別のガラクタたちがひかえている

 

 

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雑炊

私が4~5歳くらいの頃だったろう

 祖母と二人で 祖母の姉さんの家を訪問したことがあった

 姉さんという人は 裁ち台を前に縫い物をしていた

 側に 長火鉢があり五徳には小鍋がのっていて 

 何かが ぐつぐつと煮え それがいい匂いをしていた

 昼餉の雑炊をつくっているのだった

 祖母とお姉さんは 親しげに話合っていたが 

 私はその小鍋に意識が集中していた

結局 その雑炊のご馳走に与ることなく 帰宅した

 

今 雑炊と聞くとその時のことを思い出す

 そのお姉さんの顔はおぼろげにしか覚えていないが

 雑炊の小鍋の中味は覚えている

 ニラ の入った柔らかそうな 醤油をたらしたおじやだった

 

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神経痛

坐骨神経痛というものを患ってから 体に関して認識を改めた

 体の夫々の部位に無駄なものはない という事

 体の各機能が微妙なバランスで働いていること

 普通に動けることが どんなに希有で有難い事かを

 思い知らされた 

ウェストから下の下肢が 触るだけで 溜まった電気が放電するように

 下肢をビリビリと駆け抜ける

 動ける腕と肘と胸を使って 芋虫のように移動する

 痛みを押して2メートル移動するのに15分かかった

 

神経の在り処など 気に留めることもなかったが

 今はこの筋の神経はこの腰椎のあたりから来ている 

 などと 思い描くようになった

 普通の状態という事は 本当は最高の状態のことで

 それは常に崩れやすい心身の均衡の上に乗っている

 と感じた経験

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